いま、おもうこと。


今でこそ北京のことばかりで、北京一色だけれど、
わたしの中国デビューは上海だった。
上海にいたのは半年くらいなのだけれど、
あの頃はほんとうにわくわくして、新鮮で、
血沸き肉踊る毎日だったのを記憶している。
あのころは、いまみたいに、
海外に住むということが、生活の一部にはまだなっていなくて、
長い旅に出たような気分だったのだと思う。

今のように中国語がいけるわけではなかったのに、
ひとりで、いろんなところを巡っては写真を撮り、
文章を書き、それ以降、中国との縁がこんなに長くなることもつゆしらず、
少し長いバカンスを過ごしているような気分だったのだ。

半年の上海を終え、北京にやってきてからは、
上海と北京の街の雰囲気の違いにおお、と思いながらも、
わりとすぐに友人をつくり、お酒も飲み、ローカル味を増し、
気付けば中国の友人と、店なんかひらいたりし、
どんどん人の輪が広がって行って、
なるほど、北京という街をみんなが嫌がる理由は、
能動的じゃない限り、街が何かを与えてくれるわけじゃないからだ、と気付いた。

わたしはいつでも能動的だった。
北京の霧の中で、無機質な道路の車のクラクションの中で、
わたしはいつでもカラフルで、
上海のときみたいに、それでもずっと血沸き肉が踊っていた。

自分がなにをするべきかを知っているのか知らないのか、
そんなことも気にせず、
ただ突っ走り、こけたり、笑ったりしながら、
大陸中国の広さの中に、すべてをゆだねていた。

そして、今もそうなのだと思う。
これからは第二弾。
そろそろ再起動する予想をしている。

人の道は、そんなに悪くはなく、
そしていつでも私色になる。
タイミングと、縁と、潜在パワーというものを信じていさえいれば。
そういうと、なんだか嘘くさいのだけれど、
中国は本当に広い。
思想も広い。
人もたくさんいる。
でも、ほら、春節の北京駅のあのひとごみの中で、
いきかう人の流れに立って、ほら考えてみたりした。
誰だって、旅人なのだ。

旅は長ければ長いほどいい。
思想がいりまじり、人種がいりまじり、
そして自分というものの色が与えられる。
でも、自分の色というのは変わらない。
混じり混じって、ほら、旅の道はどこまでも続き、
列車の汽笛はいつでも鳴っている。

上海、北京。
街は違うけれど、ここは大陸なのだ。
どこまででもいける。


 

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Name : Mayukoo
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